売上継続率 (NDR: Net Dollar Retention) とは、既存客から得られる収益パターンを把握する必要がある事業者にとって非常に役立つ指標です。NDR では、顧客維持について、あるいは、アップグレード、ダウングレード、顧客チャーン (解約) 等に起因する収益の変化に関するインサイトが得られます。また、事業者が自社の財務の安定性を評価し、成長や改善の余地がある部分を特定する際にも使用できます。
この記事では、NDR の定義や計算方法、NDR で何がわかるのか、NDR を活用して自社の事業に関する強力なインサイトを獲得する方法など、NDR の基礎知識について説明します。
この記事の内容
- NDR とは
- NDR の計算方法
- 事業者にとって NDR が重要である理由
- 優れた NDR ベンチマークとは
- NDR の改善方法
NDR とは
Net dollar retention (売上継続率: NDR) とは、アップグレード、ダウングレード、解約を考慮したうえで、既存顧客から得られる既存の収益をどの程度維持できるかを測定する指標です。NDR は特定の期間について計算されるため、顧客売上の健全性を示す特定時点のスナップショットのようなものと考えることができます。
以下は NDR のキーポイントの一部です。
- 値はパーセンテージ(%)で表示します。.
- NDR 値が 100% を超えている場合は、既存顧客から得ている売上が増えていることを意味します。
- 値が 100% より小さい場合、既存顧客から得ている売上が減っていることを意味します。
- NDR の計算では、増加 (アップグレード、追加購入)、減少 (ダウングレード)、チャーン (解約) のすべてが算入されます。
堅調な NDR は、顧客がその事業者の商品やサービスに引き続き価値を見いだしており、アップセルの見込みがあり、ダウングレードやチャーンが減る可能性があることを意味します。一方、NDR が低調な場合は顧客満足度が不十分であることを意味します。
NDR の計算方法
NDR の計算では、特定の期間における顧客の売上の増減の両方を考慮します。
NDR の計算式は次のとおりです。
NDR = ((開始時 MRR + 増加 - 減少 - 解約) ÷ 開始時 MRR) × 100%
それぞれの用語の意味は、次のとおりです。
- 開始時 MRR: 期間開始時の月間経常収益です。
- 増加: アップセルまたはクロスセルによって増加した既存顧客の売上額です。
- 減少: ダウングレードにより減少した既存顧客の売上額です。
- 解約: 顧客がサブスクリプションまたは契約を解約したために失われた収益額です。
事業者にとって NDR が重要である理由
事業者は NDR を使うことで既存の顧客基盤との関連性を踏まえたうえで自社の財務状況の健全性を評価することができます。NDR からは、売上の動向、成長戦略、顧客満足度に関する実用的なインサイトを得ることができます。
NDR によってわかること
収益の安定性: NDR が一貫しているあるいは増加している場合、その事業者は既存顧客を維持できている、あるいはそこからの売上が増えているということを意味します。
コスト効率: NDR が高い場合、事業者が既存顧客からの売上を最大化していることを意味します。新規顧客の獲得は既存顧客の維持よりもコストがかかることが多いため、このことはその事業者がコスト効率の高い成長戦略を採用できていること示すものになります。
顧客満足度: NDR を計算するときは、顧客が現在の契約をアップグレードまたは維持しているか、それともダウングレードまたは解約しているかを調べる必要があります。前者は、顧客が現在の事業者に満足し、その商品やサービスに価値を見いだしていることを示し、後者は、対応の必要な問題の存在を示す兆候となります。
知覚価値: 多くの場合、NDR の高さは、顧客がその商品やサービスの有用性を認識していることを示します。多数の機能を活用していたり、業務の根幹にサービスを組み込んでいたり。単に利便性が高いのでサブスクリプションを継続しているというケースもあります。
アップセルとクロスセルの機会: NDR では、アップセルやクロスセルの戦略が効果的かどうかを見きわめることができます。売上が順調に増加していれば、顧客はその事業者の別のサービスの購入も希望していることを示唆します。
NDR が事業者に及ぼす影響
戦略のプランニング: 常に最新の NDR を把握していると、事業者は情報に基づいて判断を下せるようになります。NDR が下降している場合は、商品の機能、価格設定モデル、あるいは顧客サービスの取り組みなどの再評価が必要になる可能性があります。
投資家を引きつける: 投資家にとって NDR が堅調であることは大きな魅力です。事業者に安定した基盤があること、成長のために新規顧客の獲得に過度に依存する必要がないことがわかるからです。
リソースの振り向け: NDR が低い場合、その事業者は、顧客獲得戦略に向けたリソースを製品トレーニングの改善、サポートの強化、新たなロイヤルティプログラムの導入などに振り向ける必要を検討すべきです。
NDR では、事業者が既存顧客とどのようにかかわっているかが強く示されます。今後の成長に向けたロードマップが示され、時間と人材に最も有効に投資できる方法が示されます。持続可能な成長を目指す事業者は、NDR を活用することでさまざまな情報が手に入り、戦略に活かすことができます。
優れた NDR ベンチマークとは
NDR のベンチマークにより、事業者は、自社の業績を業界の標準や競合他社と比べて相対的に測定することができます。OpenView による 2022 年のレポートでは、さまざまな規模の SaaS 事業者における NDR の中央値は 100% ~ 111% でした。しかし、NDR がベンチマークとして「優れている」かどうかの基準はどこにあるのでしょうか。
NDR のベンチマークについて
100% を上回る: NDR が 100% を上回っている場合、その事業者は、既存顧客からの収益が増加していることを示します。これは、既存顧客を維持できているのみならず、既存顧客をアップセルやクロスセルに効果的につなげていることを示唆します。一般にこうした事業者は、良好な状態にあるとみなされます。
100% まであとわずか: NDR が 100% に近いところにある事業者は、安定を保っている状態です。既存顧客は維持していますが、売上がそれほど増加していない可能性があります。安定し、かつ、さらなる成長の余地があります。
100% を下回る: NDR が 100% を下回っている場合、その事業者は、サブスクリプションの解約やダウングレードが原因で、既存顧客からの収益が減っていることを示します。この場合、商品、サービス、顧客対応などに改善が必要な問題が生じている兆候が示唆されます。
ベンチマークの有効性に影響を与える要素
業種別の標準: 業種が異なると NDR のベンチマークも変わると考えられます。ある業種では良好とされることが、別の業種で標準未満と見られることもあります。NDR は同業の競合他社と比較することが有効であるといえます。
ビジネスモデル: 特にテクノロジー業界では、サブスクリプションベースのモデル、多くの事業者が 100% 以上の NDR を目指しています。他のビジネスモデルでは別の基準が使用されることもあります。
成長段階にある: スタートアップや急成長している事業者などでは、会社の拡大よりも顧客獲得に重点がおかれ、そのために初期の NDR が低くなる傾向にあります。一方、すでに定着した顧客基盤を擁する老舗企業などは、会社拡大の方により重点がおかれ、NDR の増加を目指す傾向にあります。
経済情勢: 景気後退など外部の要因も顧客の支出パターンに影響することがあります。そうした時期は NDR のベンチマークが低下するのは当然で、業績よりも外的な要因が反映されたものとなる傾向にあります。
NDR が 100% を上回っているときでも、事業者は業界標準や自社の成長ステージ、さらにはそのときの経済情勢に応じて、ベンチマークを設定する必要があります。また、NDR を他の指標と併せて検討し、事業者の健全性を総合的に判断する必要もあります。
NDR の改善方法
既存の顧客基盤を維持し、そこでの売上拡大を目指すには、NDR の改善に重点をおく必要があります。NDR の増加を目指している場合は、以下の行動の導入を検討してみてください。
カスタマーサクセスに向けた戦略: カスタマーサクセスチームへの投資を増やし、自社の商品やサービスを通じて利用者の望む成果を達成できるように支援します。それにより、顧客を維持すると同時にアップセルの機会を増やすことができます。
アップセル: アップグレードするのが当然だと思えるような、既存の価値を高めていく機会を継続的に用意します。実際的な課題を解決できるという自社に直結する明確なメリットを確認できれば、顧客がアップグレードする可能性が見込めます。
トレーニングとカスタマーオンボーディング: カスタマーオンボーディングのプロセスを念入りに設計し、利用を始めた当初から製品の価値を存分に引き出せる方法を紹介します。それにより、顧客が利用を中断して解約する確率を低くすることができます。
解約のおそれがある顧客をつなぎとめる: 各種分析を使用してダウングレードや解約のリスクがある顧客を洗い出し、先を見越してメッセージを送り、懸念の払拭に努めます。
コミュニティーの活用: 顧客間の交流や、ベストプラクティスの共有を推進して、自社の推奨者となるように導きます。それにより顧客を維持できるだけでなく、クロスセルの機会につなげることもできます。
価格設定戦略の修正: 定期的に、特に顧客のダウングレードが続いた場合などに、自社の価格設定戦略を見直します。顧客に高価格帯の商品やサービスの価値が十分に伝わっていない可能性があるため、機能や価格設定の見直しや調整が有効になる場合があります。
フィードバックループ: 定期的なフィードバックの機会を導入し、顧客が自社製品の何を気に入り何を気に入っていないのかを十分に把握します。こうした問題に対処することで、契約の価値を高め、ダウングレードを減らします。
契約の見直し: 契約更新の前に顧客と一緒に契約内容を見直し、絶えず進化するニーズをよく理解し、どうすれば自社の製品やサービスを通じてそのニーズを満たすことができるのかを考えます。そうすれば、双方に有益な契約条件での交渉を実現できます。
NDR の改善は、売上の維持だけにとどまるものではありません。既存の顧客基盤からの収益を増やすこともまた、その目的です。顧客エンゲージメントを向上させ、新たな価値を追加し、フィードバックを通じた改善を図ることにより、事業者は既存顧客との関係を深めると同時に売上を増やして、NDR の向上を実現できます。
この記事の内容は、一般的な情報および教育のみを目的としており、法律上または税務上のアドバイスとして解釈されるべきではありません。Stripe は、記事内の情報の正確性、完全性、妥当性、または最新性を保証または請け合うものではありません。特定の状況については、管轄区域で活動する資格のある有能な弁護士または会計士に助言を求める必要があります。