年間経常収益 (ARR) は、サブスクリプション、契約、その他の定期的な収入源から企業が 1 年間に得る経常収益を測定する指標です。
ARR は企業の財務健全性と安定性の重要な指標であり、SaaS (サービスとしてのソフトウェア) 企業のように長期の顧客関係に依存している企業にとっては、この指標は特に重要です。ARR から、企業は将来の収益を予測し、重要な意思決定のための情報を得て、投資家や潜在的な買収先への価値評価を提供します。
以下では、ARR の計算方法、正確な報告方法、成長志向の SaaS ビジネスの実施における役割、一般的なリスクの低減方法をはじめ、ARR の最も重要な点をご紹介します。
この記事の内容
- ARR の計算方法
- ARR が企業にとって重要な理由
- ARR が企業の計画策定に与える影響
- ARR の改善と拡大の方法
- ARR の健全性の基準
- 年間経常収益レポートの正確性を高める
- ARR の予測のリスクとこれを最小限に抑える方法
ARR の計算方法
経常収益とは、サブスクリプションまたは継続型のモデルに基づくサービスや商品に対して利用者から支払われる収益を指します。年間経常収益 (ARR) の計算方法は以下のとおりです。
月間経常収益から計算する: 月間経常収益 (MRR) が分かっている場合は、その数字を 12 倍すると、ARR を求めることができます (ARR = MRR × 12)。
個々のサブスクリプションから計算する: 個々のサブスクリプション金額を基に計算する場合は、各利用者から 1 年間に受け取る予定のすべての経常収益の合計を求めます。別のプランまたは請求サイクルで契約している利用者がいる場合は、利用者ごとに年間売上を求め、その金額を合計します。ARR は、すべての利用者からの年間売上の合計です。各利用者からの年間売上の計算方法は以下のとおりです (合計値を出す前の数字)。
- 毎月支払いを行う利用者の場合
利用者からの年間売上 = 毎月の支払い × 12 - 3 カ月ごとに支払う利用者の場合
利用者からの年間売上 = 3 カ月ごとの支払い × 4
- 毎月支払いを行う利用者の場合
利用者の増減があった場合の調整: ある時点での ARR を計算する場合、サブスクリプションの新規登録者や解約 (利用者の離脱) があると、ARR の計算を調整してこの変化を反映する必要があります。具体的には、新規サブスクリプションの年間額から、解約したサブスクリプションの年間額を引きます。
ARR が企業にとって重要な理由
ARR は現在の収益を測る指標であり、企業の財務健全性、安定性、成長の軌道を評価するために使用できます。特に、SaaS 企業のようにサブスクリプションベースまたは継続的な売上のモデルを持つ企業にとっては重要な指標です。ARR は、事業運営や財務予測の以下のような部分で重要な役割を担います。
将来の売上を予測できる: 利用者の解約率が一定で新規販売が安定的に拡大することを前提とすると、ARR は、将来の収益源を予測可能な形で示しています。この予測可能性により、投資、拡大、運営上の意思決定のための信頼できる基盤が提供されるため、長期的な財務計画を策定できるようになり、事業運営も安定します。
投資家にとっての事業実現性: 投資家や利害関係者にとっては、ARR は事業の実現性と成長の見通しを示す主要な指標となります。堅調な ARR は、安定した顧客基盤と継続的収入を示唆するため、その企業は魅力的な投資先となります。投資家は企業を評価する際に ARR をよく利用します。特に、多くのテクノロジー企業の成長期は利益が出ていないため、この方法で評価するのが一般的です。
リソース配分: 人材採用、開発プロジェクト、マーケティング戦略、その他の資本支出に対するリソース配分について、十分な情報に基づいて意思決定を行うために、ARR を利用できます。
成長を追跡する: ARR を使用すると、一定期間における企業の成長を追跡することができるため、企業が成長しているのか縮小しているのかを明確に把握できます。この追跡は、製品や地域、顧客タイプごとに分けることができるため、どの領域での業績が良好で、どこに調整が必要なのかについての詳細な分析情報が得られます。
財務モデリング: ARR を使って詳細な財務モデルを構築し、将来の収益、費用、キャッシュフローを予測することができます。この財務モデルは、資金調達、買収、株式公開の目的で企業を評価する際に重要な役割を担います。
市場比較: ARR を利用して、同業他社や業界標準と照らして企業を評価できます。このベンチマーク評価により、主要な意思決定、競合分析、市場ポジショニングについての情報が得られます。
顧客維持率: ARR は主として収益に注目したものですが、顧客満足度や顧客維持率も反映しています。ARR が成長している場合は、顧客維持率が高く、商品が市場にうまく適合していることを示す一方で、ARR が停滞または下降している場合は、顧客満足度や市場競争に根本的な問題があることを示している可能性があります。
ARR が企業の計画策定に与える影響
ARR は、以下のような領域で企業の計画策定に必要な情報を提供します。
リソース配分と予算編成: ARR から、1 年間に予想される安定的で予測可能な収益の明確なイメージが得られるため、企業はこれを基に、どこにリソースを配分するかについて、十分な情報を得た上で意思決定を行うことができます。ARR に基づいて、人材採用、研究開発、マーケティング、その他の運営費用の予算を計画できます。
成長戦略の策定: ARR の傾向を分析することで、成長パターンや改善が必要な領域を特定することができます。この分析情報を基に、現実的な成長目標を設定し、それを達成するための戦略 (市場拡大、製品開発、カスタマーサービスの向上など) を策定することができます。
投資と拡大に関する意思決定: ARR を把握することで、新たな事業に投資したり、新たな市場に拡大したりする時期を判断するのに役立ちます。ARR が堅調であれば、すぐには投資効果が得られないものの、持続的成長のために重要な長期プロジェクトへの投資も自信を持って行うことができます。
リスク管理: ARR の予測可能性は、リスクの評価と管理に役立ちます。潜在的な収益の変動を予測し、不確実な市場状況下で安定性を維持するための緊急時対応計画を策定することができます。
業績評価: 目標や業界基準と照らして企業の実績を評価する際に、ARR を使用できます。経営陣は、企業がその主要目標の達成に向かっているかを評価し、必要な調整を行うことができます。
料金体系と商品戦略: ARR から得られるインサイトは、商品の価格戦略にも影響を与える可能性があります。料金体系の調整が必要か、新たな製品機能を導入すべきか、より収益性の高い市場や顧客セグメントに集中すべきかの判断を、ARR の傾向に基づいて行うことができます。
カスタマーサクセスと顧客維持率: ARR は顧客維持率の影響を大きく受けるため、カスタマーサクセスを優先すべきかどうかを判断する指標になります。顧客満足度とロイヤルティの向上のための戦略は、ARR の安定性と成長に直接的に寄与します。
合併・買収: 合併や買収を検討している場合、潜在的なパートナーや買収対象企業の財務健全性や適合性を評価し、合併や買収によって企業の継続的な収益源が拡大するかを判断するのに ARR が役立ちます。
ARR の改善と拡大の方法
ARR を改善・拡大することは、サブスクリプションモデルで運営している企業の成長と持続可能性に直接影響を与えます。以下に、ARR の改善と拡大のための戦略をご紹介します。
詳細な顧客セグメンテーション: 基本的なセグメンテーションを超えて、利用者の使用パターン、業界ごとの特性、利用者のフィードバックを分析して、アップセル、クロスセル、顧客維持の戦略を調整しましょう。予測分析を基に、アップグレードする可能性が非常に高い利用者や、解約のリスクが最も高い利用者を特定します。
高度な料金体系最適化: データ分析を利用して価格弾力性の調査を実施し、さまざまな顧客セグメントに最適な料金体系を判断します。使用量、需要、顧客価値に基づいて価格を調整する変動制の料金体系モデルの採用を検討しましょう。
収益の多様化: サブスクリプションの価格帯、付加サービス、補完的な製品サービスを組み合わせて収益源を多様化し、単一の収益源への依存を減らしましょう。
人工知能 (AI) を活用して予測する: 機械学習モデルを導入して、顧客行動、ARR の成長、解約率をより正確に予測できるようにします。このモデルは、市場の動向を予測し、主要な意思決定に必要な情報を得るのに役立ちます。
製品主導型の成長戦略: 製品自体を顧客獲得、顧客拡大、顧客維持の主要な推進力とすることに焦点を当てます。口コミを促進し、ユーザーエンゲージメントを高め、アップセルを簡単に行えるようにする機能を製品に実装しましょう。
顧客最大価値を最適化する: 各利用者の生涯価値を最大限に高める戦略を策定します。たとえば、エンゲージメントプランのパーソナライズ、顧客のライフサイクルの各段階にターゲットを絞ったオファー、解約防止のための事前対応策などです。
解約分析と解約の低減: 詳細な解約分析を実施し、利用者の減少の根本的な原因を判断し、この問題を解決することにターゲットを絞った戦略を策定します。たとえば、製品の改良、カスタマーサービスの向上、パーソナライズしたコミュニケーション戦略などです。
連携: 他社のサービスと自社サービスを連携させるアプリケーションプログラミングインターフェイス (API) を開発することで、リーチを広げ、利用者にとっての付加価値を生み出しましょう。自社製品を中心に環境を構築することで、より強固な顧客関係と新たな収益機会につなげることができます。
重要な買収先: 補完的なテクノロジーや顧客基盤を提供したり、新規市場への参入を可能にしたりする企業を特定し、買収します。
グローバル市場への拡大: 市場参入戦略を地域ごとに調整し、現地の競争状況、市場の需要、価格感度、文化的要因を考慮しましょう。製品やサービスを各地域に適応させることで、グローバル市場への浸透を実現できます。
カスタマーサクセスとカスタマーアドボカシーに投資する: 利用者をサポートし、利用者を支持者に変えるような、洗練されたカスタマーサクセスの枠組みを作成しましょう。ネットプロモータースコア (NPS) の高度な追跡と分析を実施し、顧客諮問委員会、ユーザーグループを設置して、利用者との関係を深め、自社の強みを活かして成長できるようにします。
価値提案を強化する: 価値提案を継続的に進化、強化させましょう。ARR は、市場の惰性から生まれるのではなく、進化し続ける、優れた価値を利用者に提供することから生み出されます。
ARR の健全性の基準
ARR の健全性を評価するには、業界基準と照らして自社の指標を比較し、実績を測定し、改善すべき領域を明らかにします。ARR の健全性を評価する際に検討すべき主な基準は以下のとおりです。
ARR の成長率: これは、ビジネスの拡張性と健全性を測る主要な指標です。理想的な成長率は業種やビジネスの規模によって異なりますが、2022 年には、ARR が 100 万 ~ 500 万ドルの SaaS 企業の場合は 52 ~ 59% が平均的な年間成長率でした。スタートアップや拡大段階の企業の場合、期待される成長率はもっと高い可能性があります。
売上維持率 (NRR): NRR は、一定期間に既存の顧客から得られた収益を測定したものであり、拡大、縮小、解約が考慮されます。NRR が 100% を超えると、既存の顧客からの収益が増えていることを意味し、ARR が健全であることを示します。業界のリーダー企業は NRR が 120% 以上 になることがよくあります。
顧客獲得単価 (CAC) の回収期間: これは、新規顧客獲得のために行った投資の回収期間を示す指標です。回収期間 (一般的に SaaS 企業の場合は 12 ~ 18 カ月) が短いと、ARR が健全であると見なされます。資本が効果的に活用され、速いペースで成長していることを意味するからです。
解約率: 解約率は、特定の期間に失った利用者の割合を示します。解約率が低いと、顧客維持率が高く、ARR が健全であることを意味します。許容可能な解約率はビジネスによって異なりますが、SaaS 企業の多くは年間解約率を 5 ~7% 以下に抑えることを目標としています。
顧客生涯価値 / 顧客獲得単価比 (LTV:CAC 比): 顧客生涯価値と顧客獲得のコストの比率です。多くの場合、比率が 3 対 1 以上であれば、健全と見なされ、顧客から得られる売上が顧客獲得のコストを大きく上回っていることを意味します。
ルール・オブ・フォーティ: 成長と収益性を示す一般的な指標であるルール・オブ・フォーティでは、企業の成長率と利益率の合計が 40% 以上であるべきとされています。ARR に焦点を当てたビジネスの場合、特に初期段階では、利益よりも成長が優先されることがよくありますが、このルールが成長率と利益率の均衡を保つのに役立ちます。
顧客拡大率: 既存の顧客のアップセルまたはクロスセルによる売上拡大を追跡する指標です。高い拡大率は、一定期間に顧客基盤の価値が高まり、ARR の成長にプラスの影響を与えていることを示します。
売上総利益率: ARR に固有のものではありませんが、売上総利益率によって、継続的な収益源の全体的な収益性を証明することができます。売上総利益率が高いと、費用が比例的に増加することなく、ARR を生み出せていることを意味します。
従業員 1 人当たりの ARR: 従業員の生産性と、企業の規模に対して ARR が効率的に生み出されているかを示す指標です。2022 年の SaaS 企業の従業員 1 人当たりの平均年間売上は約 14 万 5,000 ドルであり、これは 2015 年の 17 万ドルから減少しています。汎用的な基準はありませんが、自社と業界平均や類似企業を比較することで、価値ある洞察を得ることができます。
自社の実績をこのような基準と比較して、総合的な視点から ARR の健全性を評価することで、自社の強みや、調整により改善可能な領域が明らかになります。
年間経常収益レポートの正確性を高める
データ収集を標準化する: さまざまな部署からのデータの収集を一貫した方法で行い、ARR をゆがめるような不一致を最小限に抑えます。
計算を自動化する: 手動による計算は人的ミスの原因となります。会計ソフトウェアを利用するか、顧客関係管理 (CRM) システムにスプレッドシートを取り込んで、ARR を自動的に計算しましょう。
更新期間を明確に定義する: 更新期間 (毎月、毎年など) を明確に定義して、選択した期間の経常収益が正確に表現されるようにします。
収益の変化を追跡する: アップグレード、ダウングレード、キャンセルなどの変更を監視し、ARR の計算にこの調整がすぐに反映され、正確性がリアルタイムに維持されるようにします。
照合を定期的に行う: ARR レポートを会計システムを定期的に照合し、不一致があれば修正します。
データ品質をチェックする: データ品質チェックを導入し、ARR の計算に使用される情報 (顧客情報やサブスクリプション情報) の正確性を確認します。
ARR の予測のリスクとこれを最小限に抑える方法
ARR の予測は計画策定のために重要ですが、ARR に特有のリスクもあります。以下は、ARR の予測に影響する要素、これによる生じるリスク、そのリスクを低減する方法です。
成長を過大評価する
ARR の成長予測が楽観的すぎると、実現しない可能性のある収益に基づいて積極的に支出や投資をしてしまうおそれがあります。この結果、現金準備を圧迫し、企業の財務健全性が危うくなる可能性があります。
- 緩和策: 控えめな成長予測とシナリオ立案を行います。数パターンの成長予測 (悲観的、現実的、楽観的) を行い、さまざまな結果に備えるようにします。実際の成長パターンや市場からのフィードバックを基に、予測を定期的に更新します。
解約率を過小評価する
解約率の予測が正確でないと、ARR の予測に歪みが生じ、収益を過大に予測してしまう可能性があります。
- 緩和策: 高度な解約率予測分析に投資しましょう。解約の傾向を注意深く監視し、顧客基盤をセグメント化して、リスクのあるグループを特定し、的を絞った顧客維持戦略を実施します。解約の根本的な原因を判別し、この原因に積極的に対処します。
市場での競争
市場状況や競争環境の変化、特に、新たな競合他社が市場に参入した場合や利用者のニーズが変化した場合は、ARR に影響する可能性があります。
- 緩和策: 市場の動向や競合他社を常に監視しましょう。変化に適応できるような柔軟な事業戦略を策定し、継続的なイノベーションに投資して競合他社の一歩先を歩み続けます。
価格戦略
料金体系が適切でないと、顧客獲得や顧客維持に影響し、ARR の予測にも影響を与えます。
- 緩和策: 定期的に料金体系の見直しや市場比較を実施して、自社の料金体系が、提供している価値や市場の期待に合致していることを確認します。料金体系を変える場合は、本格導入の前に小規模に試験的に導入してみます。
事業の拡張性
成長を支えるために事業を拡大できないと、予測された ARR を実現する能力が制限される可能性があります。
- 緩和策: 顧客基盤と一緒に成長できるような、柔軟性のあるインフラストラクチャと業務プロセスに投資しましょう。運営能力を定期的に見直し、ボトルネックや拡張性の課題があれば対処します。
顧客集中度
一部の大口顧客への依存度が大きいと、ARR のリスクとなり得ます。その顧客を失った場合、収益に大きな影響があるからです。
- 緩和策: 顧客基盤を多様化し、個々の顧客を失った場合の影響を最小限にします。市場リーチを広げ、多彩な顧客を引き付けるための戦略を策定しましょう。
法令遵守
規制変更によって、ARR を生み出し、維持する能力が影響を受ける可能性があります。特に関係があるのが、金融サービスなどの規制の厳しい業種です。
- 緩和策: 事業の中断を招かないように、規制の変化に常に注意を払い、法令遵守の状態を維持します。計画立案やリスク評価の際は、規制の動向を考慮しましょう。
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