SaaS の粗利益とは、サービスとしてのソフトウェア (SaaS) 企業が、売上からソフトウェアサービスの開発、提供、維持に関連する直接費用を差し引いた後に得られる収益のことを指します。粗利益は通常、総収益に対する割合として表され、ビジネスの財務健全性と成長可能性を示す重要な指標として用いられます。
世界の SaaS 市場規模は、2023 年に約 2,740 億ドルと評価され、2024 年には 3,170 億ドルを超えると予測されています。粗利益率は、SaaS 企業が直接費用をカバーし、収益性を維持できているかどうかを判断するのに役立ちます。以下では、粗利益率の計算方法、知っておくべきベンチマーク、粗利益の改善方法について解説します。
本記事の内容
- SaaS 企業にとって粗利益率はどのくらい重要か?
- SaaS ビジネスの粗利益率の計算方法
- SaaS の粗利益率のベンチマーク
- 経常収益とサービスマージンが重要視される理由
- SaaS の粗利益率を改善する方法
SaaS 企業にとって粗利益率はどのくらい重要か?
粗利益率は SaaS 企業にとって重要な指標であり、以下の分野のパフォーマンスに関するインサイトを提供します。
収益性:粗利益率は、企業がサービスの生産に関連する直接費用を支払った後、1 ドルあたりの収益からどれだけの利益を得たかを示します。粗利益率が高いことは即ち、その事業は直接経費をカバーできており、研究開発、マーケティング、管理などにかかる営業費用のための資金をより多く残せていることになります。このことは、ソフトウェアの保守と更新が継続的に行われ、リソースを大量に消費する SaaS ビジネスにおいて特に重要な意味を持ちます。
拡張性:粗利益率が高ければ高いほど、企業は直接経費を増やすことなく事業規模を拡大できる可能性があります。この傾向は、特に SaaS ビジネスに当てはまります。SaaS ビジネスでは、ソフトウェアの開発に多額の初期費用がかかることが多いものの、顧客が増えるたびコストは相対的に低くなるためです。
投資家にとっての魅力:投資家は、SaaS 企業を評価する際に粗利益率を見ることがよくあります。高い粗利益率は通常、健全なビジネスモデルと大幅な利益の見込みを示す指標として見なされます。また、その企業に価格決定力とコスト管理能力が備わっていることも判断できるため、株式投資家や融資者にとって魅力的な材料となります。
市場での位置づけ:粗利益率を追究することで、企業は同業他社や競合他社と自社を比較できます。つまり、ベンチマーク代わりとして、SaaS 市場における自社の運用効率と有効性を測定することが可能になります。
リソースの割り当て:粗利益率は、経営陣がリソースをどこに割り当てるかについて十分な情報に基づいた決定を下すのに役立ちます。粗利益率が低いと、価格やサービス提供コスト、あるいはターゲット顧客の見直しを迫られる場合があります。
価格設定:粗利益分析は、価格戦略に影響を与えることができます。粗利益率の高い企業は、価格競争に参加したり、サービス改善に投資して割高な価格設定を正当化したりする余地があります。
SaaS ビジネスの粗利益率の計算方法
以下は、SaaS ビジネスの一般的な粗利益率計算の内訳です。
収益の定義
サブスクリプション収入: これは、大半の SaaS ビジネスが主要とする収益源であり、ソフトウェアにアクセスするために顧客が支払う月額または年額の定期料金によって得られます。
その他の収益:一部の SaaS ビジネスには、プロフェッショナルサービス、コンサルティング、1 回限りの手数料など、追加の収益源がある場合があります。粗利益率を正確に計算するには、これらを個別に追跡する必要があります。SaaS 企業に複数の収益源や製品ラインがある場合は、各セグメントの粗利益率を計算して、強みと弱みの分野を特定しておくと今後の経営に有利です。
売上原価 (COGS) の特定
SaaS ビジネスにおける売上原価 (COGS) には通常、以下のものが含まれます。
ホスティング / インフラストラクチャー: サーバー、データセンター、クラウドサービス、ソフトウェア配信インフラにかかかるコスト
カスタマーサポート: カスタマーサポートチームの給与および経費 (サポートツールのソフトウェアライセンスを含む)
開発 / 保守: 開発者とエンジニアの給与、開発ツールのソフトウェアライセンス、継続的な保守コスト
クラウドの直接費用: データストレージ、帯域幅、演算能力など、使用規模に応じて直接調整されるクラウドサービス関連コスト
プロフェッショナルサービス費用: 給与、出張費、ソフトウェアライセンスなど、プロフェッショナルサービスを提供するための直接費用 (該当する場合)
営業費用はソフトウェアの生産と配信に直接関係しないため、COGS に含めないようにする必要があります。営業費用には以下のものが含まれます。
販売費: マーケティングおよび販売にかかる給与、広告費、その他の販促費用
一般管理費: 役員・管理職の給与、オフィス賃料、その他の間接費
研究開発費: 新しい機能や製品の開発に関連するコスト (既存のソフトウェアの保守に直接関係する場合を除く)
一部の SaaS 企業では、一般に公正妥当と認められない会計原則 (非 GAAP) の粗利益率を報告していますが、これには株式報酬などの費用も考慮されていません。粗利益率を比較する際には、どの指標が使用されているかを把握する必要があります。
粗利益率の計算
粗利益率は次の式を用いて計算します。
(総収益 - 売上原価) / 総収益 x 100 = 粗利益率
計算例
以下は、ある SaaS 企業の財務情報です。
サブスクリプション収入: $1,000,000
プロフェッショナルサービス収入: $100,000
ホスティングおよびインフラストラクチャー費用: $150,000
カスタマーサポート費用: $100,000
開発および保守費用: $200,000
この企業における粗利益率の計算方法は以下のとおりです。
総収入: $1,000,000 + $100,000 = $1,100,000
売上原価: $150,000 + $100,000 + $200,000 = $450,000
粗利益率: ($1,100,000 - $450,000) / $1,100,000 x 100 = 59.1%
SaaS の粗利益率のベンチマーク
SaaS の粗利益率のベンチマークは、社内関係者および投資家などの外部の利害関係者にとって、企業の財務健全性と可能性を把握する上で重要です。しかし、何をもって「良い」粗利益率とするのかはその時々で異なります。粗利益率のベンチマークについて知っておくべきことを以下でご紹介します。
一般的なベンチマーク
一般的に粗利益率が 75% を超えると、適正な SaaS ビジネスと見なされます。この基準は、経営と価格設定がうまく調整された健全なビジネスモデルであることを示します。
粗利益率が 70% を下回っている場合、価格設定、コスト管理、または他社との競争関係に問題が生じている可能性があり、投資家やアナリストが懸念を抱く要因になります。
業績の良い SaaS 企業は、粗利益率 80% 以上を達成することが多く、卓越した効率性と収益性を実証しています。
ベンチマークに影響する要因
事業段階: アーリーステージのスタートアップは、製品開発や顧客獲得の初期費用が嵩むため、粗利益率が低くなる傾向にあります。SaaS ビジネスでは、粗利益率 50% 以上がアーリーステージの許容範囲です。ビジネスが成熟し、規模の経済を達成するにつれて、粗利益率は増加していきます。
業種: 特定の業種 (インフラや専門知識を多様に必要とする業種など) では、COGS が高コストであるために、粗利益率が自然と低くなる傾向があります。
ターゲット市場: エンタープライズ顧客をターゲットとするビジネスは、エンタープライズソリューションにプレミアム価格を設定していることが多いため、中小企業に焦点を当てたビジネスよりも粗利益率が高くなる可能性があります。
ビジネスモデル: 収益の全額をサブスクリプションから得ている純粋な SaaS モデルの企業は、通常、プロフェッショナルサービスやその他の収益源を含むハイブリッドモデルを採用している企業よりも粗利益率が高くなります。
製品の複雑さ: 物質的かつ継続的な開発とサポートを必要とする複雑な製品は、保守コストの低い単純な製品よりも粗利益率が低くなる傾向にあります。
経常収益とサービスマージンが重要視される理由
経常収益の高さは、SaaS 企業の経営基盤の強さを示します。一方、コンサルティング、インプリメンテーション、研修などのプロフェッショナルサービスを源泉とするサービスマージンは、収益性と顧客関係の改善に関係します。これらの指標をうまく活用することで、予測可能で持続可能な成長を促進し、投資家を惹きつけて資金を確保し、競争の激しい SaaS 業界で顧客満足度と顧客維持を向上させる好循環を生み出すことができます。
これらの指標が重要とされる理由を以下で詳しく解説します。
経常収益
予測可能性と安定性:経常収益は通常、サブスクリプションによって生み出され、予測可能で安定した収益源となり、財務予測、事業計画、予算編成もこれによって容易に進められます。また、買い切り方式に依存するビジネスよりも収益変動のリスクが低くなることも特徴です。
顧客生涯価値 (LTV):経常収益モデルでは、顧客維持と顧客満足度を重視することが奨励されています。製品やサービスに満足している顧客は、サブスクリプションを継続する可能性が高く、顧客生涯価値を高め、時間の経過とともにより多くの収益を生み出します。
事業評価:投資家は、経常的な収益源を持つ企業を高く評価しています。この予測可能性は、知覚リスクを低減し、バリュエーションの上昇と資金調達の容易化に寄与します。
拡張性:経常収益モデルは本質的にはスケーラブルです。いったん製品が開発されれば、追加顧客にサービスを提供するための限界費用は比較的低く抑えられるため、コストを大幅に増加させることなく迅速に事業を成長させることができます。
サービスマージン
収益性:サービスマージンは、SaaS ビジネス全体の収益性に大きく影響します。サービスマージンは高ければ高いほど、利益に貢献します。
カスタマーサクセス:プロフェッショナルサービスは、顧客満足度と浸透率を向上させ、ひいては顧客維持率と LTV の向上にも寄与します。
アップセルとクロスセルの開拓:サービスエンゲージメントは、顧客のニーズを特定してそれに応えるための機会をもたらすとともに、追加機能のアップセルや補完商品のクロスセルの可能性を広げます。
差別化:高品質のプロフェッショナルサービスを提供することで、SaaS ビジネスを競合他社と差別化し、包括的なソリューションを重視する顧客を引き付けることができます。
SaaS の粗利益率を改善する方法
この項目では、SaaS ビジネスの粗利益率を改善するための秘訣をご紹介します。
収益の最大化
価値ベースの価格設定:製品が顧客に提供する価値を評価し、それに応じて価格を設定することで、コストプラス価格設定から価値ベースの価格設定に移行します。このアプローチには、予算が異なるさまざまな顧客層に合わせて、提供する商品を階層化する作業も含まれます。
従量課金ベースの価格設定:顧客が使用量に基づいて支払いを行う、従量課金ベースの価格設定の導入も検討する必要があります。このアプローチは、費用と収益を連動させる一方で、製品やサービスの効率的な使用を動機付けます。
拡張:既存顧客へのアップセルとクロスセルに重点を置くアプローチです。多くの場合、新規顧客を獲得するよりも費用対効果が高く、それに比例してコストを増やすことなく収益を大幅に増やすことができます。
解約率の抑制:顧客維持を優先とするアプローチです。解約率を抑制することで、既存顧客の LTV を高め、収益や利益率に大きな影響を与えます。
プレミアムサポート:追加の収益源として、プレミアムサポートパッケージを提供するアプローチもあります。ハイタッチサポートを重視する顧客は、多くの場合、高い料金を支払っても構わないと考えています。
コストの削減
クラウドインフラ:使用パターンの分析、インスタンスの配置換え、スポットインスタンスやリザーブドインスタンスの導入により、クラウドインフラを細かく調整できます。クラウドコスト管理ツールで分析情報を取得し、自動最適化を導入することをご検討ください。
ベンダー:ホスティング、ソフトウェアライセンス、その他のサービスを維持する上で、ベンダーとの契約を定期的に見直す必要があります。より良い条件を交渉するか、代わりとなるベンダーを模索することでコストを削減できます。
カスタマーサポート:ナレッジベース、よくある質問 (FAQ)、オンラインフォーラムなどのセルフサービスリソースを導入して、カスタマーサポートチームの負担を軽減できます。チャットボットや人工知能 (AI) を活用したサポートを利用して定型的な問い合わせを自動処理し、より低コストな業務委託先へのオフショアリングやアウトソーシングをご検討ください。
開発:開発環境を改善して市場投入までの時間 (TTM) を短縮し、保守コストを最小限に抑えます。アジャイル手法の採用、テストの自動化、また生産性を向上させる開発者ツールへの投資も有効です。この場合も、オフショアリングまたはアウトソーシングをご検討ください。
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