どの経営者も、税金計算の作業量に辟易しています (実際に納付する税金額についてももちろんです)。しかし、税金を計算して納付することは法律で定められた義務であり、社会から支援を受けている見返りとして起業家が負っている責任でもあります。
初めて起業する人の中には、事業を始める際の納税義務を恐れすぎている人もいます。今後納付する必要がある税金、最終的な税額の概算、さらにできるだけ面倒をかけずに税金の計算と納付を行えるように事業を編成する方法を十分に理解していただくために、納税義務についてわかりやすく説明します。
世界トップレベルの会計企業である PwC は Stripe Atlas の会計パートナーです。この章の一部の内容は、PwC が作成した「Atlas 税務ガイド」を基にしています。「Atlas 税務ガイド」にはより詳しい内容が記載されており、Atlas ユーザーはご覧いただけます。
アメリカや世界各国にはさまざまな種類の税金があります。このガイドでは、アメリカの法人が納付する必要がある税金について説明します。起業家や会社の経営者は、会社のために働いたり、配当金を受け取ったり、キャピタルゲインを確定したりすることによって収入を得ますが、個人の義務にも対応する必要があります。
会計という職業が存在する主な理由は、納付義務がある税金を正確に把握できるようにするためです。この簡潔なガイドは会計士による助言の代わりになるものではありません。ぜひ会計士に相談してください。会計士の助言を参考にすれば資金の節約になり、ストレスも軽減されるでしょう。
節税対策とは
起業家にとっては意外かもしれませんが、多くの場合、事業の経済活動の成果に税法を適用する方法は複数あります。税法の適用方法によっては税額が変わってきます。会計士は、企業が税法に準拠しながら納税額を減らせる税務ポジションを策定できるように支援します。
節税対策は、納税期日を迎える前、さらには取引を始める前からすでに始まっています。たとえば、(優秀な従業員を引きつけて、会社が求めている成功を実現したら適切な報酬を渡すために) 従業員に会社の株式を報酬として渡す予定の場合、設立時、おそらく最初の従業員を雇う前に、会社のビジネス構造について意思決定を下す必要があります。最終的に株式の利益が確定され、将来の従業員の税に影響を与えるのは、5年後、10年後かもしれません。
節税対策は合法で、会社に求められているものです。裁判官の Learned Hand は 1934 年に発表した文書で、数世紀に渡る判例を次のように概説しました。
いかなる人も、納付する税額ができるだけ少なくなるように調整することができる。財務省への納付額が一番多くなるようなパターンを選ぶことを強要されるわけではない。納付する税額を増やすことは愛国者としての義務ではない。
裁判所は、税額をできる限り少なく抑えるように調整することについては何の悪意もないとこれまで何度も判決を下している。富める者も貧しい者も誰もがそうしていて、これはすべて正しい行いだ。いかなる人も、法で求められる以上の税金を納付する義務を負わない。
しかし、税務当局は税制の悪用を快く思っていません。会社がそのようなことをする唯一の理由は納税を避けるためであり、それによって相当な罰則が科せられる可能性があります。税は複雑なテーマなので、税務戦略を変更する際には会計士や弁護士に確認してもらう必要があります。会計士や弁護士は、貴社が行おうとしていることが、その国や業界で主流なのか、それとも納付額が不十分だと税務当局に判断されるリスクが高いことなのかを助言してくれるでしょう。
デラウェア州のフランチャイズ税
デラウェア州は、他の多くの州と同様に、州内で事業を行うすべての企業に「フランチャイズ税」を課しています。フランチャイズ税とは法人登録を更新する際に発生する年間手数料ではないかと思うかもしれません。実際、州によっては、手数料と呼ばれています。
ほぼすべての税は売上や利益に基づいて課せられますが、フランチャイズ税は違います。計算方法は 2 種類あり、どちらも原則として最初は比較的少ない額ですが、会社が複雑になるにつれて金額が上がります。
経営者や会計士は 2 分足らずでフランチャイズ税を計算できます。規則と計算式はデラウェア州のウェブサイトに記載されています。
Stripe Atlas を利用している会社は、Assumed Par Value (みなし額面資本を基準とする計算方法) に基づき、通常は納付するべき税額が最小になります。
フランチャイズ税の納付期日は年次報告書を提出するときであり、毎年 3 月 1 日までに納付する必要があります。アメリカの法人税の申告は通常は 4 月 15 日までです (会計年度が暦年と同じ場合)。一般に、法人税の申告の準備をするときにフランチャイズ税も申告するのが一番簡単な方法です。(きちんと整理されていれば) 2 月中に行えるでしょう。
起業家はデラウェア州のウェブサイトから比較的簡単に年次報告書とフランチャイズ税を申告できます。ほとんどの場合、専門家の助言がなくても大丈夫です。会計士にしてもらうことも可能で、そのための専門家報酬はわずかです (おそらく 100 ドルほど)。
Stripe Atlas を利用して設立した LLC は一般に、毎年 6 月 1 日までに、年間のデラウェア州 LLC 税を 300 ドル納付します。
売上税
これは注意が 必要です。
アメリカでは、地域の税務管轄区域 (都市や郡など) や州が、会社に対して売上税の徴収を義務付けていることがあります。これを行う必要がある地域は、会社が a) 取引を行っていて、なおかつ b) その地域の税務管轄区域と「ネクサス」またはつながりがある、すべての税務管轄区域です。
一般に、インターネット企業にとってネクサスがあるのは不動産がある場所か従業員の勤務場所ですが、法律を改定して「ネクサス」の解釈を広げている州が増えているため、ますます多くの売り手に税を徴収して納付する必要が生じています。州内で事業を行っている場合や、州内に顧客がいる場合、あるいは貴社のウェブサイトに顧客を紹介した州内の人物に報酬を与えた場合などは、ネクサスがあると見なされる可能性があります。ネクサスと見なされる活動については、どの州にも独自の規則があります。納税登録の方法と登録が必要な地域について、詳細はこちらをご覧ください。
ある地域で税徴収を行うように登録したら、顧客から税を徴収し、各取引で徴収する税額を表示して、毎月または四半期に一度のペースで適切な政府当局に納税する必要があります。
アメリカの多くの地域には売上税に相当する「使用税」もあります。使用税は取引の際に売り手ではなく顧客が支払います。顧客は地域の税務当局に「私はこの税務管轄区域外で購入した資産を利用しており、これが納税額です」と申告する必要があります。そのため、使用税のコンプライアンスは極めて低いと思っている人もいます。しかし、アメリカの州で事業を展開している会社は申告が必要な場合があります。地元の州、都市や郡に確認してください。
売上税の申告の難しさは、事業の特性によって大きく変わります。たとえば、販売している商品、取引や買い手の所在地の記録方法や、会社のネクサスの場所を特定しやすいかどうかなどの要因に左右されます。一般的に、ほとんどのインターネット企業は法人税の申告を扱っている会計士に売上税の申告もしてもらいます。そうすると通常はプロフェッショナルサービスの報酬が数百ドルで済みますが、事業の複雑さによっては費用がもっとかかります。
法人税
C 株式会社の利益には連邦レベルと州レベルで課税されます。連邦への申告書の主な書式は 1120 フォームです。
納税申告や政府に提出する書類は自分で作成できる簡単なものもありますが、法人税は違います。簡単そうに見えますが (最初はたった 5 ページです)、法人税の申告では必ずプロの税務申告書作成者か会計士に依頼することをお勧めします。間違いが発生しやすく、自分でやろうとすると事業運営に集中できなくなります。また、それ自体は間違いではないものの、同じ経済的事実を表す同程度に有効な申告方法と比較して、納税額が多くなる申告方法が多数存在します。
所得税は「売上」ではなく「所得」に対して課される税です。所得とは、一般的に言えば売上から経費を差し引いたものです。会社を代表して購入したもの、創業チームや従業員の給与などは、経費としてただちに差し引くことができます。
経費にできず「固定資産計上」しなければならないものも若干あります。そうしたものは、前払いした費用 (一般的に高額) をその資産の耐用年数に渡って振り分けられます。これは「減価償却」や「償却」とも呼ばれます。インターネット企業が創業間もないうちに多額の設備投資をすることは稀です。特に、従来は設備投資の対象だったもの (サーバー、ネットワーキング機器、カスタムソフトウェア開発など) をクラウドプロバイダーから必要に応じて借りるケースが増えており、費用もかなり少額 (支出可能な程度) です。
特定の経費を償却する必要があるかどうかについては、会計士に相談すると信頼できるアドバイスが得られます。
アメリカの州に物理的な拠点がある会社は、連邦法人税に加えて州法人税を課される場合があります。物理的な拠点がある州や事業を展開している州に申告が必要かどうかは、会計士からアドバイスを受けることができ、会計士は申告の準備を手伝うことも可能です。一部の州では、インターネット上の活動でも状況によっては申告が必要になる可能性があることを、これまでよりも盛んに主張するようになりました。
LLC の連邦所得税
LLC の利益は通常は LLC 所有者に渡り、所有者の連邦税の申告に基づいて課税されます。所有者が 1 人の LLC は IRS では支店扱いになり、所有者が 2 人以上の LLC はパートナーシップとして取り扱われます。LLC の利益は所有者に渡りますが、場合によっては LLC 自体にも納税申告の義務があります。たとえば、アメリカ国外の個人が単独で経営している LLC の場合は、IRS に 5472 フォームを提出する必要があります。複数のメンバーで経営している LLC は、1065 フォームでパートナーシップの申告をする必要があります。
C 株式会社の連邦税と同様に、LLC が得た利益に関連する連邦税申告書を準備する際は、必ずプロの税務申告書作成者か会計士に依頼することをお勧めします。納税申告は LLC の設立の仕方によって異なり、申告が必要な部分や、利益を LLC の所有者に配分する方法に間違いが起こりやすいものです。
LLC のメリットは、利益への課税方法で柔軟な選択ができることです。たとえば、LLC は C 株式会社として課税を受ける選択を IRS に申告することもできます。この選択に関心がある場合は、税務上の影響や選択の申告要件を把握するために税理士に相談することをお勧めします。
納税者番号
納税申告はすべて、納税者番号に関連付けられます。納税者番号には種類がいくつかあります。最もよく目にするものは次のとおりです。
社会保障番号 (SSN): アメリカ市民およびアメリカで働くことが許可されている人には、アメリカ社会保障庁から番号が発行されます。この番号は、政府機関や民間企業などで個人を識別するために幅広く使用されています。SSN は極めて機密性が高い情報と見なされています (特定の人物であることを証明するのに使用されることが多いため)。
SSN の一般的な形式は 123–45–6789 です。
会社には SSN は発行されません。アメリカ市民でない人や、これまでアメリカで雇用されたことがない人は、SSN を持っていない可能性があります。SSN を求められたら、代わりに次の番号を提示してください。
個人用納税者番号 (ITIN): 納税申告をする必要があるのに SSN を受け取ることができない場合 (通常、SSN を発行するにはアメリカで働くための法的権利が必要になるため)、その自然人 (生きていて、呼吸をしている人間) は IRS に ITIN の発行を求めることができます。ITIN は SSN の代わりとして機能する番号です。取得するのは難しくありません。W-7 フォームを提出し、6 週間ほど待つだけです。
Stripe Atlas で設立する会社の所有者は、たいていの場合 ITIN は必要ありません。アメリカの税金は会社が申告し、所有者自身はアメリカに納税申告する義務を負っていない場合があるからです。会計士から助言された場合は、W-7 を提出して ITIN を発行してもらってください。納税申告と同時に ITIN を発行してもらうこともできます。ITIN の欄を「pending」として書面で納税申告書を提出し、W-7フォームを同封します。通常、この方法では納税申告書の処理が遅れるため、できる限り避けることが望ましいですが、申告し損なったり申告が遅れたりするよりは、期限内に申告して処理が遅れるほうが良いでしょう。
ITIN は SSN と似ていますが、1 桁目は必ず 9 です。
雇用者識別番号 (EIN): EIN は自然人 (実際の人間) ではなく法人 (会社) を識別する番号です。IRS に SS-4 を提出すると EIN が発行されます。Atlas を利用して法人を設立した場合は、Stripe が代わりにこの手続きを行います。
EIN はアメリカの金融機関から必ず求められ、場合によっては他の会社からも求められることがあります。EIN を公開することはおそらく良いことではありませんが、SSN のような機密情報としては扱われません。(許可を受けていない人に SSN を開示するとただちに危険が生じる緊急事態になりますが、会社の EIN の開示は日常的に行われることです)。
EIN は 12–3456789 のような形式です。これは SSN と同じ桁数ですが、ハイフンの位置が異なります。ハイフンはとても重要です。一部の SSN は EIN と同じ番号で同じ並びになっていることがあるため、番号を適切な欄に入力し、ハイフンの位置を正しく記入するようにしてください。
情報申告書
貴社のような企業は、「情報申告書」を通じて特定の取引を政府に報告する義務を負っています。政府は情報申告書と個人や法人の納税申告書を照合し、納税者が受け取った所得に対する税金をきちんと納付していることを確認します。
貴社は情報申告書を定期的に発行することになります。場合によっては情報申告書を受け取ることもあるため、その処理がどのようになるのかも理解しておく必要があります。
情報申告書には種類がいくつかあります。最も「発行」する可能性が高いのは、W-2 (従業員の給与所得を記録) と 1099-MISC (個々の請負業者に対するサービスの対価を示す) の 2 つです。 (会社からサービスを購入したとしても、その会社に対して 1099-MISC を発行することは通常ありません)。
会計士が 1 月頃に貴社の代理で W-2 と 1099 を作成します。情報申告書は写しをそれぞれ、報告相手の納税者宛てに 1 通、IRS 宛てに 1 通、自社の記録として 1 通作成します。
情報申告書を発行するには、相手の納税者番号が必要です。W-2 の場合は SSN で、1099 の場合は SSN、ITIN、または (まれに) EIN です。相手の納税番号を正式に尋ねる W-9 というフォームもあります。アメリカの納税者には W-9 のみを使用します。相手がアメリカ市民ではない場合 (海外で雇用されている人など) は、代わりに相手に W-8BEN を提出してもらいます。(そうすることで、IRS に次のように尋ねられたときの証拠文書になります。「どうしてその請負業者には 1099 を発行しなかったのですか?」「相手がアメリカに対する納税義務を負っていなかったため、発行する必要がありませんでした」「本当ですか?」「これが相手の W-8BEN です」「それなら結構です」)。IRS はこのフォームを重視しているので、法人の W8-BEN が必要になったときのために別のフォーム (W8-BEN-E) も存在します。
W-9 または W8-BEN を求められることがあります。相手があなたに関する情報申告書を提出する必要がある、あるいは必要があるかもしれないと思っている場合に、こうした状況が発生します。たとえば、金融機関では、後日、利子所得を報告するために 1099-INT を提出する必要があることを想定して、口座を開設するときに W-9 または W8-BEN のいずれかを求めることがあります。
場合によっては、誤っていずれかのフォームを求められることもあります。次のような間違いが比較的よく起こります。
W-9 を要求できるのはアメリカ市民 (法人も含む) に対してのみです。アメリカ市民でない場合、W8-BEN の提出を求められるはずです。
アメリカで設立された法人は、所有者の国籍にかかわらずアメリカ市民と見なされます。Stripe Atlas ユーザーの多くはデラウェア州に C 株式会社を所有しており、その会社の所在地や業務は海外にも及んでいますが、そうした法人は依然としてアメリカ市民と見なされるため、W8-BEN-E ではなく W-9 のみを提出する必要があります。
実際には必要がないにもかかわらず、会社に勤務する個人からこれらのフォームを求められる場合もあります。情報申告書を発行する法的要件がない場合、発行する義務はありません。とはいえ、他社はあなたとビジネスをする義務もなく、会社によっては方針としていずれかの時点でこれらのフォームを要求してきます。最も簡単な解決策は、「本当に必要かどうかを会計士に確認していただけますか?」と言うことです。必要がなくても相手に提供するという良識的な判断をすることもできます。
通常は W-9 や W8-BEN を提供するほうが有利に働きます。相手がそれらのフォームを求める理由としてよくあるのは、あなたに代わって源泉徴収しないという決定を文書に残しておくためです。(アメリカの税制に詳しくない方向けに説明すると、相手はあなたへの支払いのおよそ 30% を源泉徴収して IRS に納付する法的義務を負っている可能性があります。その後、あなたが申告書を提出すると IRS はその一部を還付します。これは、税務システムで把握されている人が正直であり、納税申告して IRS に納付する額が判明するまで自身の資金を保有していると信頼できる人であることを前提としています。W-9 には「関連法には『IRS は私を暗黙的に信頼している』と記載されているため、あなたは私と合意した報酬を私に支払い、源泉徴収しないことが正当である法的な根拠をすべて有している」と記載されています)。
貴社が情報申告書を「受け取る」場合もあります。Atlas ユーザーが最もよく受け取ると思われる情報申告書は、Stripe から発行される 1099-K です。これは 1 年間のクレジットカード処理から得た売上を示したものです。情報申告書に対してあなたが何か対応をする必要はなく、IRS に送付する必要もありません。IRS はすでに写しを受け取っているためです。申告書に記載されている所得を帳簿などに記録している場合は、帳簿に基づいて納税申告します。
情報申告書が実際に重要になるケースとしては、申告書に記載されている金額が大きく、法人税申告書にはその金額が明らかに反映されていない場合です。その場合、IRS が書簡調査を行う可能性があります。調査で基本的に聞かれるのは「昨年は利子として 5,000 ドルを受け取ったことを把握していますが、なぜ納税申告書に記載されていないのですか?」という質問です。法を守っている納税者なら、その質問への答えはすでに用意されているため、調査はすぐに終わります。
多くの起業家は、情報申告書には所得 (利益) を記載する必要があると思っていますが、実はそうではありません。たとえば、1099-K には支払い総額を記載します。これは会社の課税所得とはほど遠いもので、会社はさらに経費などを支払う必要があります。IRS はこの数字がその年の会社の売上の一部であることを想定しています (クレジットカードの支払いが 20 万ドルなのに、売上を 12 万ドルしか申告していない場合は説明を求められます)。しかし、IRS は売上に課税するわけではなく、会社の利益に課税します。
移転価格とは
企業のグローバル展開が進んでいるため、協力して業務を行っている関連当事者がどこで利益を生み出しているのか、どこで納税する必要があるのかがわからなくなっています。また、アメリカの法人と母国の法人をそれぞれ保有している多くの Atlas ユーザーにもこの問題が生じています。
企業は、自社の国際事業間の資金移動を移転価格というメカニズムを使って文書に記録しています。これは、2 社以上の関連当事者間の資金、商品、サービス、利益の内部移動を、互いに関連のない「対等な」取引であるかのように扱って説明するメカニズムです。
移転価格という制度は、企業や税務当局が国際的なビジネスの複雑さに取り組む中で長年に渡って築き上げられたものです。納税者にとっては所得を配分する最善の方法を判断するためのツールであり、税務当局にとっては、特に地域間で税制に差異がある場合に、ある地域に配分された金額が多すぎたり少なすぎたりしないかを判断するためのツールとなります。
公正価格
移転価格の一般的な原則は、法人が両者間を移動する商品やサービスの公正な価格について相互に同意したうえで、それらの根拠を記録し、各法人の帳簿がこの規定された現実と一致していて、なおかつ実際の資金フローと一致するようにすることです。
市場を基盤とした経済では、基本的に、買い手と売り手との間で合意がある場合を除いて「公正価格」などというものはないことを前提としています。ソフトウェアの費用はいくらにする「必要がある」でしょうか?年間 0 ドル、0.99 ドル、100 万ドルなど、両者の合意によって変わります。税務当局は。税務面も含めてかなりの差異がある価格に合意するという買い手と売り手の選択を受け止めます。IRS は経費項目の価格が妥当であることを前提とします。
移転価格についてはとても重要な注意事項があります。ほとんどの場合、私たちは売り手と買い手が取引をする理由は、その取引よりも大事な関係があるからではなく、取引の条件に満足しているからだと想定しています。これを「対等」な取引と呼びます。買い手と売り手が互いに関係がある場合、たとえば婚姻関係にあるとか、共通の企業の傘下にあるなどの状況では、関係を壊したくないという思いに影響されるかもしれません。もしくは、IRS の観点から見ると気がかりですが、支払う税金を少なくしたいという思いも影響するでしょう。
そのため、移転価格の目的は「2 社が互いにまったく関係がない独立した企業だという仮定の世界では、私たちはこの物に価値があるから購入し、市場でこの物にかかる費用に相当するからその金額を支払うのだということに合意したものとする」と文書に記録することです。
移転価格の例
Atlas を利用した設立された企業でよく見られる例を 2 つご紹介します。
外国企業のアメリカ子会社を通じてソフトウェアを販売する
インドで株式会社 (Private Limited Company、PLC) として事業を運営しているソフトウェア会社の創業者がいるとします。インドの PLC はアメリカの C 株式会社に相当します。たとえば、サーバーモニタリングソフトウェアだとしましょう。
この PLC はサーバーモニタリングソフトウェアをインドの企業に直接販売していますが、そのソフトウェアは全世界の顧客が使用できるものです。そこで、インド国内の顧客には PLC で引き続き販売を続けながら、全世界の顧客にソフトウェアを販売するための子会社としてデラウェア州に C 株式会社を設立するとします。
この場合、この会社の最終的な経済面の目標は、価値が生み出された場所に利益の大部分を配分することになります。このソフトウェアはインドで制作されているので、価値が生み出された場所はインドです。そのため、インドの PLC が経費 (エンジニアリングチームへの給与を含む) や創業者への報酬を支払い、創業者や (おそらく現地の) 投資家に渡す利益を生み出します。この会社はアメリカ法人にも、この法人が行った作業に相応する金額を残したいと考えています。
それを実現する方法はいろいろあります。1 つは、アメリカ法人を PLC のソフトウェアの販売代理店にすることです。この会社は販売代理店契約について調査したことを徹底的に文書に残すことになります。たとえば、この調査の結果、提携関係のない販売代理店は通常は 20% 受け取っていると判明したと仮定しましょう。次に、PLC とアメリカ法人が正式に販売代理店契約を結び、PLC が開発したソフトウェアの代金として顧客に請求する額の 80% を支払う義務をアメリカ法人に負ってもらいます。
この手数料はインドの PLC の売上になり、インド法人の経費 (給与、サーバーなど) を差し引いた後、インドによって課税されます。
販売額の残りの 20% はアメリカ法人に残ります。その資金の一部はアメリカ法人の事業運営に必要な費用、たとえば会計処理手数料、弁護士費用 (契約交渉のためなど)、銀行手数料などに充当します。その結果、アメリカ法人は多少の利益を得るため、その利益にはアメリカによって課税されます。税引後利益は C 株式会社の親会社に送金することが可能で、親会社の所在地では課税対象になる場合もならない場合もあります。または、さしあたってアメリカで保有し、将来的にアメリカでの事業拡大や、アメリカ法人を代表してアメリカに所在する資産を購入するといったことにその資金を利用することも可能です。
投資を受けているアメリカ法人を通じて物品を販売する
香港で iPhone ケースを製造している創業者が、商品を海外に流通させたいと考えているとします。そのために投資を受けることを選びました。この会社を支援する投資家がシリコンバレー在住の場合、投資家は投資できるようにデラウェア州に C 株式会社を設立することを求める可能性が高いでしょう。
この場合、この会社の最終的な目標は、まずアメリカから香港に送金して、その資金を使って製造業務を確立し、製造した商品をアメリカの会社を通じて販売することです。
最初の部分では、アメリカの会社が香港の会社とプロフェッショナルサービス契約 (デザイン、ブランディングなど) を締結することになります。これは、会社の事業を立ち上げるために十分な資金を支払うことを正当化する妥当な理由となります。この資金は、香港の会社では売上として記録され、アメリカの会社では経費として記録されます。
香港の事業で iPhone ケースの製造が始まります。香港の会社やアメリカ法人にケースを販売し、アメリカの会社が世界各国にケースを販売します。この会社はケースをできるだけ安い価格で販売したいと考えています (そうするとアメリカの会社の利益が上がってアメリカの投資家が喜ぶため)。しかし、コンプライアンスを考慮すると、アメリカの小売業で販売されている他のメーカーの商品の価格と合わせる必要があります。そうすると、たとえば卸売価格 (アメリカの会社が香港の会社に支払う価格) は小売価格の 40% になります。この会社もこの価格設定の根拠を徹底的に文書に残し、それを 2 社間の請求書や積み荷の送り状に記載します。
このようにすることで、香港の会社には多少の利益が残るでしょう (サービス業務や iPhone ケースの卸売販売による利益。これらは香港で課税されます)。アメリカの会社はサービス業務とケースの卸売の代金を支払い、(卸売価格より高額な) 小売価格で (自社のウェブサイトやその他のチャネルを通じて) ケースを販売して、利益を上げることを目指します。この利益はアメリカで課税され、税引き後に、配当金を会社の投資家や経営者に渡すことができます。
意外とわかりにくいことがいくつかあります。
この会社は、ケースを香港の会社とアメリカの会社のどちらを通じて販売するかを選べました。なぜアメリカの会社を通じて販売することにしたのでしょうか?主な理由は、投資家がこの会社が生み出す価値を得ることを求めて投資しているからです。そのたま、この会社は価値のほとんどをアメリカの会社が保有するように組織化します。アメリカの会社がブランド、デザイン、商取引関係を保有し、香港の会社はアメリカの会社の代理として実際の作業を行うのみとします。
これを逆の方向で運営しても大丈夫でしょうか?そうすると極めてリスクが高くなります。一般に、税額の低い税務管轄区域ではなく、税額の高い税務管轄区域で収益を認識するように移転価格を設定していると、それほど詳しくは調査されません。一方、税額が低い税務管轄区域で収益を認識するように移転価格を設定していると、多くの場合、徹底的に調査されます。香港の法人税率はアメリカの半分以下です。そのため IRS は、アメリカ法人が関連する香港法人に代金を支払っているのは、正当な経済上の理由からではなく、節税が目的だろうと推定する可能性があります。そうすることが不可能なわけではありませんが、正当化するのが大変です。会計士に相談するとよい理由の 1 つは、特定の税務ポジションのリスクをしっかりと把握でき、節税と税務リスクのどちらに合わせてどのくらい最適化するべきなのか意思決定を下せるからです。
移転価格は非常に複雑になりやすく、特に会社組織が複雑になると取引の種類が複雑になり始めます (複数の当事者や複数の国が関係する金融取引は、単に iPhone ケースを販売することよりも会計処理が大変です)。さらに事業規模も大きくなります。
売上が数百万ドルの企業は、自社の業界に精通した会計士に相談して、移転価格の戦略を策定したり、策定し直したりする必要があります。そうは言っても、さらに規模が小さい企業の場合も、移転価格のポジションを文書に記録する必要があります。文書がないと、IRS の調査が入ったときに罰則を避けることがとても難しくなり、反論するのも困難です。
法執行措置は大企業を対象として行われることが極めて多いものです (税務当局は大企業に資金があることを認識しているため)。
怖がらせているわけではありません。ほとんどの税務当局と同様に、IRS は非常に合理的で、法律で定められた納税義務に合う金額を支払ってもらいたいと思っているだけです。IRS との意見の相違が善意からのものである場合は、専門家の助言により通常の営業過程で解決されるでしょう。こうしたことはめったに起こらず、ビジネスが失敗する理由にはほぼなり得ません。人々が気に入るものを製造し、それを効果的に販売することに労力を集中させましょう。会計士は貴社に代わってこのような事柄に対処してくれるので、ぜひ会計士を雇うべきです。
監査
「監査」は多くの起業家にとって恐ろしい言葉ですが、実はそうではありません。
監査とは、税務当局が納税申告書の情報の正確さを正式に調査することです。ほとんどの監査は「書簡調査」です。書簡調査とは、税務当局から手紙が送られてくるだけです。通常は、コンピューターが情報申告書とあなたが提出した納税申告書を比較したときに、相違点と思われることが見つかったことが原因です。書簡調査への回答は通常は会計士が作成しますが、比較的簡単でしょう。(ほとんどの場合は、1 段落程度の説明で問題を解消できます)。
IRS は一部の申告書に対してより詳細な調査を行うことがあります。そのような監査の対象に選ばれた場合は、絶対に専門家に相談することをお勧めします。きちんと組織化した会社から正確な納税申告を行っている場合は緊急事態にはなりませんが、それでも精神的に非常に消耗しますし、事業運営に集中できなくなる可能性があります。
このような監査では、担当者が IRS の地域事務所か貴社の事務所に訪問する必要があります。(IRS は国際課税に関する問題に対応できるように、世界各国のアメリカ大使館内に事務所を構えています。通常はスタッフが少人数であり、監査の対象を厳選する必要があるため心配には及びませんが、それでも正確な申告書を期限内に提出するようにしてください。)
監査時には、会計士か税理士が回答の内容を指示します。書簡に関する会計士や税理士のアドバイスには従いましょう。そのために専門家報酬を支払っているのです。IRS に会社の財務データをすべて提供するといった、一見良いアイデアに思えることでも、当初は監査の対象ではなかった部門に調査が入るなどの事態が起き、それが原因で監査の解決が遅れたり、事態が過度に複雑になるおそれがあります。
小規模な会社では特に、監査はめったに起こりません。事業を運営していればそうした可能性があることを知っておく必要はありますが、会社と政府との間で比較的日常的に生じる可能性にすぎません。そうした可能性には責任ある専門家のように対処する必要があります。会計士を雇い、正直に納税申告し、情報を整理した状態で保管するようにして、監査というめったに起こらない事態を心配するよりも事業の成長を考えることに時間を費やしてください。万が一、監査を受ける事態になったら、やはり責任ある専門家のように対処します。会計士か税理士に連絡して、指示に従いましょう。
税は動く標的
会計はソフトウェア開発やマーケティングと同様に奥深い分野です。共通点は、職業の核となる部分が長年変わっていないことです。もう 1 つ、状況が絶えず変化しているという共通点もあります。
現在、世界各国が税制改革に関心を寄せています。税務当局はいまだに、インターネットを理解するために格闘しています。その結果としてインターネット企業の立場に影響を与えるような変化がいつ起きてもおかしくありません。
マーケティング戦略や技術戦略を一度設定すれば、それを忘れないのと同様に、税理士に (少なくとも) 年に 1 回は相談し、組織構造がコンプライアンスを満たしていて、一番有利な状態を維持していることを確認するとよいでしょう。
予期しない朗報が届くこともあります。たとえばこのガイドの著者は、事業を始めた頃、同じ所得に対して 2 カ国の社会保障制度によって二重に課税されていました。創業して数年経った頃に社会保障協定を締結したことで、著者 (や同様の状況だった会社) は居住する国の制度に対してだけ支払えば済むようになりました。法律が改定されたおかげで、これはかなりの節約になりました。専門家と税務戦略を定期的に見直していなければ、このようなことを見逃していたかもしれません。
このガイドは、いかなる状況においても、法律上または税務上の助言、勧告、調停、カウンセリングを意図したものではなく、またそれらに該当するものでもありません。このガイドおよびその利用により、Stripe、Orrick、または PwC との間で弁護士と依頼人の関係が構築されるわけではありません。このガイドは単に著者の考えを表すものであり、Orrick により承認されたわけでも、Orrick の考えを反映したものでもありません。Orrick は、本ガイドの情報の正確性、完全性、適切性、および現行性について保証しません。具体的な問題について助言が必要な場合は、当該管轄地域の営業許可を有する弁護士または会計士に助言を求めてください。